1: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:51:08 ID:Bht
2006年2月1日、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職の長男(事件当時54歳)が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わった「京都・伏見認知症母殺害心中未遂事件」をご存じだろうか。

一家は両親と息子の3人家族だった。1995年、父親が病死後、母親が認知症を発症。症状は徐々に進み、10年後には週の3~4日は夜間に寝付かなくなり、徘徊して警察に保護されるようにもなった。
長男はどうにか続けていた仕事も休職して介護にあたり、収入が無くなったことから生活保護を申請したが、「休職」を理由に認められなかった。

引用元: ・彡(;)(;)「もう生きられへんのやで」J( ´ー`)し「そうか。あかんのか」

2: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:51:29 ID:Bht
母親の症状がさらに進み、止む無く退職。再度の生活保護の相談も失業保険を理由に受け入れられなかった。
母親の介護サービスの利用料や生活費も切り詰めたが、カードローンを利用してもアパートの家賃などが払えなくなった。長男は母親との心中を考えるようになる。

 そして2006年真冬のその日、手元のわずかな小銭を使ってコンビニでいつものパンとジュースを購入。
母親との最後の食事を済ませ、思い出のある場所を見せておこうと母親の車椅子を押しながら河原町界隈を歩く。やがて死に場所を探して河川敷へと向かった。

3: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:51:47 ID:Bht
「もう生きられへんのやで。ここで終わりや」という息子の力ない声に、母親は「そうか、あかんのか」とつぶやく。
そして「一緒やで。お前と一緒や」と言うと、傍ですすり泣く息子にさらに続けて語った。「こっちに来い。お前はわしの子や。わしがやったる」。

 その言葉で心を決めた長男は、母親の首を絞めるなどで殺害。自分も包丁で自らを切りつけて、さらに近くの木で首を吊ろうと、巻きつけたロープがほどけてしまったところで意識を失った。
それから約2時間後の午前8時ごろ、通行人が2人を発見し、長男だけが命を取り留めた。

 京都地裁は2006年7月、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑は懲役3年)を言い渡した。冒頭陳述の間、被告席の長男は背筋を伸ばし、眼鏡を外して右手で涙をぬぐう場面もあった。

 裁判では検察官が、長男が献身的な介護を続けながら、金銭的に追い詰められていった過程を述べた。
殺害時の2人のやりとりや、「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介すると、目を赤くした裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。

 判決を言い渡した後、裁判官は「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」と長男に同情した。
そして「お母さんのためにも、幸せに生きていくように努力してください」との言葉には、長男が「ありがとうございます」と応え、涙をぬぐった。

 ――この事件が一地方ニュースに留まらず、ネットなども通じて「地裁が泣いた悲しい事件」として日本中に知られることになる。
親子の境遇や長男に同情する声や温情判決に賛同する声などが広がった。

4: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:52:18 ID:Bht
それから約10年後の2015年。毎日新聞大阪社会部の記者が、介護殺人に関するシリーズ記事の一環としてこの長男への取材を試みた。
しかし弁護にあたった弁護士も行方を知らず、数少ない親族を探し出して訪ねると、彼はすでに亡き人になっていた。

 それから約10年後の2015年。毎日新聞大阪社会部の記者が、介護殺人に関するシリーズ記事の一環としてこの長男への取材を試みた。
しかし弁護にあたった弁護士も行方を知らず、数少ない親族を探し出して訪ねると、彼はすでに亡き人になっていた。

 事件の後の足跡について親族は口が重く、なぜ亡くなったのかも不明のまま。行き詰った末に探し当てた長男の知人という人に彼の死を告げると、絶句して、判決後に長男が落ち着いた先の住所を告げた。

 やがて判明した死因は自殺だった。
 琵琶湖大橋から身を投げたという。所持金は数百円。「一緒に焼いて欲しい」というメモを添えた母親と自分のへその緒が、身につけていた小さなポーチから見つかった。
地獄を味わった彼の言葉やその後の人生が、在宅介護に限界を感じ、絶望している人への何らかの助けになるのではないか。そう考えて必死に動いた記者を待っていた、悲しすぎる結末だった。

 厚労省によると、要介護(要支援)認定者数は620万人。要介護者を抱える家族が増える一方、後を絶たない介護苦による悲しい殺人事件。
なぜ悲劇は繰り返されるのか。どうすれば食い止めることができるのだろうか……。

5: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:52:32 ID:Bht

6: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:53:26 ID:Q4V
いつもより丁寧 +114514334点

7: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:54:14 ID:VAB
悲しいなあ

8: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:54:14 ID:4Pe
悲しいなぁ・・・

9: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:55:19 ID:ssg
ほんまこれ悲しい

10: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:55:37 ID:Vwu
やめてさしあげろ

11: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:56:27 ID:Bl3
これホンマに胸糞悪くなる
救いはなかったんか

12: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)15:56:59 ID:Ct2
悲しすぎる

14: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)16:00:36 ID:4Pe
認知症の母親が正気を取り戻したかのように呟くのも心に刺さる

17: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)16:01:45 ID:0IV
あかんのか……

19: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)16:02:29 ID:Bht
介護殺人その後 加害者も心に大ダメージ 社会復帰に壁

2006年に京都市伏見区で起きた認知症の母殺害事件。承諾殺人罪に問われ、
有罪判決を受けた長男(62)が14年8月、大津市の琵琶湖で命を落とした。親族によると、自殺とみられる。

京都地裁は06年7月、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑・懲役3年)を言い渡した。
裁判官は「裁かれているのは日本の介護制度や行政だ」と長男に同情した。長男も法廷で「母の分まで生きたい」と約束した。

それから約8年。長男はどう生活していたのか。
親族らによると、長男は裁判の後、滋賀県草津市の家賃約2万2000円のアパートで1人暮らしを始め、木材会社で働いた。

部屋には母親と事件前に病死した父親の位牌(いはい)を安置する仏壇を置いたが、
事件のことを口にすることはなかった。
勤務先の同僚は「真面目に黙々と仕事をこなした」。
近所の男性は「誰かが訪れるのを見たことがない。孤独だったのでは」と話した。

13年2月、「会社をクビになった」と親族に伝えたのを最後に、連絡が取れなくなった。
自宅にも帰らず、行方が分からなくなった。
親族が警察に行方不明者届を出したが、14年8月1日に遺体で見つかった。

その日の朝、長男とみられる男性が琵琶湖大橋から湖に飛び降りるのを目撃した人がいたという。

「彼は最後まで孤独から抜け出せなかった」。
親族の男性は毎日新聞の取材に無念さをにじませた。

男性によると、長男が亡くなる際に身に着けていたカバンには、
自分と母親のへその緒、そして「一緒に焼いて欲しい」というメモ書きが入っていた。
所持金は数百円で預金はなかった。

20: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)16:06:59 ID:W9b
おお、もう…

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